忍者ブログ

レトロゲームへの妄言

当時やってみたいと思ってたけどできなかったゲーム。
当時はそうでもなかったけど、情報が手に入りやすくなった今、発売当時の情報や、プレイレビューを読んでやってみたくなっちゃったゲーム。
今プレイしても何らおもしろくないかもしれないけど、とりあえずやってみたいゲームをつらつらつらと。
家庭用レトロが主。

スポンサー広告

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

ページトップへ

ジーキル博士の彷魔が刻

ジーキル博士の彷魔が刻

「逢魔が時」ぢゃないよ
ゲームタイトルの方の「彷魔が刻」は「ほうまがとき」と読む。
逢魔が時は「おうまがとき」と読む。こっちの意味は「日が暮れて闇夜が訪れる時間帯のこと」だって。
日暮れ時の明るくも無く、暗くも無い微妙な時間帯のことらしく、「大禍時」とも書くらしい。「大禍時」の方がなんとなく意味がわかりやすい気がする。詳しくはこちら(Wikipedia)
さて、「彷魔が刻」の言葉の意味だが……調べても出てきませんでしたー。
さしずめ、悪魔が彷徨う時刻と「逢魔が時」をかけてみようぜ!、みたいなとこから考えたんじゃね?と邪推してみる。


1988年4月に東宝より発売。
元ネタは英国作家、ロバート・ルイス・スティーヴンソン氏の「ジーキル博士とハイド氏」という小説。
ゲーム内容は、婚約者が待つ自宅から遠く離れた教会目指して進む横スクロールアクションゲーム。
主人公キャラクターはジーキル博士とハイド氏という2つの人格があり、ジーキル博士のときは左から右へのスクロールで、攻撃してくる少年や歌う婦人など出くわすモノたちをひたすら避けまくる。街の人たちがなぜ攻撃してくるのかは不明。
(ステッキで攻撃できるが、やたらに街人など攻撃すると自分がダメージを受けるんだとか)
様々な攻撃によりストレスがたまるとハイド氏に入れ替わる。ハイド氏になると、背景ががらりダークな感じに変わり、スクロールも右から左へと逆スクロールになる。出てくるモンスターを倒してストレス発散。発散しきるとジーキル博士に戻る。
ひょっとしたらハイド氏が倒しているモンスターは、ハイド氏にはモンスターに見えているだけで実は人間なのかもね、っていう記事がいくつかあった。
もしそうだったら、ジーキル博士の時に街の人たちからフルボッコにされてもしょうがないかなぁ……。
ハイド氏の時に、倒したモンスターが落とすコインはジーキル博士の時に威力を発揮するらしい。騒音歌を歌うおばさんにまとまったコインを差し上げると、騒音歌をやめてくれるという。所詮世の中金か。
驚くべきこと(?)にジーキル博士とハイド氏、両方のエンディングがあるらしい。まさかのマルチエンディング。

このゲームは子どもの頃にテレビ番組で紹介されていたのを見たことがあるだけで、友だちも持っていなかった。別段話題に上がることもなかったと思う。
ほんと、その時見たテレビ番組の紹介がこのゲームの印象の全てで、婚約者がいたなんて、ついさっきまで知らなかったわ。
今となってはどんな紹介内容だったかもさして覚えていない。
でも、なんか背景ががらっと変わって、逆スクロールになるっていうところが、当時の自分にはインパクトあったんだよなー。
子どもの頃に見るテレビって、ある意味恐ろしいな。
あ、CMの動画みっけた。

なんか……微妙に覚えてるなぁ……。

世間様のこのゲームへの評価はかなり低い。ほぼクソゲー扱いと言っていい。
多分自分もプレイしたらすぐに投げ出すだろうけど、中にちりばめられたアイデアのいくつかは面白いんじゃないかと思う。
束の間でもそのアイデアを堪能できればと思う。(束の間かよ)

おまけ。面白い動画があったので。

拍手[0回]

PR
ページトップへ